■皆さん、こんにちは。
今日は、"一台のレコードプレーヤ"についてお話しします。
■私は大学生時代にアメリカンフットボールをやっていました。
入学した当時は創部間もない同好会でしたが、私が3回生の秋に
関西学生の一部リーグに昇格しました。
事件はその翌年、私が4回生の夏に起こりました。
■当時私は高校でのフットボール経験者であったこともあり、ディ
フェンスバックのポジションリーダーを務めていました。
■ある夏の練習での出来事です。
炎天下での練習が何日も続き、そろそろ皆の疲れがピークに達し
ていました。
■そんなある日、練習に来てみると、2回生のTと4期生のSが練習
に顔を出していません。
Sは、福井県の出身で下宿をしており、休講の時など私はよくその
下宿に転がり込んで、一緒にS自慢のレコードプレーヤーでレコー
ドを聞きながらコーヒーを飲んでいた仲でした。
■私は、他の者にTとSが練習を休むことを聞いているか確認しまし
たが、誰も聞いていません。
■無断で練習を休んだのです。
このことを私は許せませんでした。これがきっかけとなって、皆
が雪崩的に練習を休む危険性があるからです。
■翌日の練習にはTとSが顔を出していましたので、練習が終わると
すぐ、皆を集めて私はこう言いました。
「二人ともなぜ、無断で練習を休んだんや。理由をゆうてみい」
■二人は返事をせずに、だまって下を向いているだけでした。
「そうか。理由はないねんな」
■私は、そう言い終わると、二人を順番に殴り倒しました。
けじめだと考えていたからです。できれば仲のよい同級生を殴り
たくはありませんでしたが、下級生だけを殴るわけにはいかず、
仕方ありません。
■同級生のSは、じっと黙って下を向いていました。
■この事件の後で、部内は騒然としました。
「部員を、それも同級生まで殴るとはやり過ぎだ」
と。
■私学の運動部と違って、しごきなど経験のない部員から一斉に批
判を浴びました。
■やがて、秋のシーズンが終わり、4回生は引退しました。
そして、Sは、すぐに福井県に帰ることになりました。
■Sから福井県に帰る日を知らされていた私は、当日、下宿にいって
挨拶をしようと思っていたのですが、あいにく急用ができて、Sの
下宿に着いたときには、正午を過ぎていました。
■下宿に着いて、ベルを押しても、返事がありません。まさかと思
って、玄関を開けようとすると鍵がかかっていました。
「しまった。遅かったか」
■そう思って、愕然としていると、隣のおばさんがやってきました。
「岩崎さんですか」
「はい、そうですが」
「S君は、今まで待っていたんやけど、汽車の時間があるからと出
て行ってしもうたわ」
■私が、がっかりとして帰ろうとすると
「ちょっと待っといて。S君から預かり物があるんよ。岩崎が欲し
がっていたから、来たら渡してほしいというて」
そう言うとおばさんは、一台のレコードプレーヤーを持って出て
きて、私に渡してくれた。
その後Sとは会っていないが、そのプレーヤーは、25年経った今
でも、私の宝ものである。
■さて、
□□□ 今日の「ちょっと一言」です。 □□□
────────────────────────────────
【 言葉は交わさずとも、気持ちの通じる瞬間がある 】
────────────────────────────────
■私は、あの事件以来、チームのため、自分のために友達を犠牲に
したのではないかと考えることがありました。
■でも、一台のレコードプレーヤーがその悩みを吹き飛ばしてくれ
ました。
■そして、あの阪神淡路大震災のときにも、一番に安否確認の電話
をくれたのはSでした。
コメントする