■私は学生時代に配管工事のアルバイトをやっていました。
小さな設備工事会社をゼミの教官に紹介されたことがきっかけで
す。
その教官も日曜日にはその会社で配管工事をやっていました。
教官の給料では食べていけなかったのだと思います。
■その会社に一人変わり者の社員さんがいました。
技術的な指導が厳しく手抜きを許さないので、アルバイト仲間か
らは敬遠されていました。
誰もが、その人とコンビを組んで助手をやらされるのを避けてい
たのです。
その結果、いつも私がその人とコンビを組まされました。
天井に配管を支持するために、天井のコンクリートに穴を開けて、
アンカーボルトを打ち込む作業が主な仕事でしたが、最初はこれ
がうまくいかずに
「何をやっとるんや。このぼけ。工事はミスしたら命とりになる
んやで」
「税金で大学に行かせてもらっているくせに、役にたたん奴やな。
この税金どろぼう」
と何回も、怒鳴られ続けました。
私は、事実なので、仕方なく、ただ失敗しないように技術を身に
付けていくしかありませんでした。
■幸い私は生まれつき手先が器用だったこともあり、1週間もすれ
ば正確にアンカーボルトを打てるようになりました。
やがて、その社員さんは、何も言わずに仕事を任せてくれるよう
になりました。
おまけに、私を引っ張って行っては、次々と新しい仕事を教えて
くれました。
配管とは直接関係のない、鉄筋と鉄筋とを針金で結わえるハッカ
ーという道具の使い方まで教えてくれたのです。
私の家には今でもハッカーがあります。
■あるとき、その会社の社長さんにトイレの帰りにばったりと会い
ました。
「○○さんは、仕事に厳しいので、皆から敬遠されていますが、
どういう人なのですか。私にはただ厳しいだけの人には見えま
せんが?」
私は、無意識に社長に質問していました。
「ああ、あれは、わしの兄貴や」
意外な答えが返ってきました。
「兄貴は、電力会社に勤めとったんやけど、後輩が工事でミスを
して辞めさせられたんや」
「兄貴は、そのミスは上司の指示が曖昧だったために起こった
もので、後輩を辞めさせるのは納得がいかないと、会社に抗
議して、自分も辞めてしまったんや。それでここで働いとる」
「そうでしたか。それで工事には厳しいんですね」
そのとき私の疑問は一気に解けました。
「ああ、そうそう、兄貴は君のことを気にいっとるみたいやで」
「君が、社会に出たときに少しでも役に立つように、いろんな
現場の技術を教えたるんや。あいつは大卒やから、会社に入
っても現場の技術を教えてもらう機会がないし、現場の誰も
すき好んで、大卒に技術なんか教えん。そこで、現場の技術
を知っとったら、現場の連中は一目置くんや。兄貴はそう言
うとったで」
■さて、
□□□ 今日の「ちょっと一言」です。 □□□
────────────────────────────────
【 厳しさに隠された優しさがある 】
────────────────────────────────
■この話、皆さんはどう思われますか?
厳しくして嫌われるだけ損。
そう、社長が、言わなければ私のために厳しくしていることは分
らなかったと思います。
でも、いつかはそのときのありがたみは分るものです。
■例えば、建設現場の工事長になったときに、
現場の若い衆に、ただ漠然と
「アンカーボルトの穴は正確に空けなさい」
と言っても
「何も経験ないくせに。口だけやったら何でも言える」
と聞き流されます。
しかし、
「こうして、ドリルに穴の深さ分のしるしを付けておけば、正
確な深さの穴が空けられ、アンカーがしっかり効くでしょう」
と自分で見本を示せば、部下の見る目が変ります。

コメントする